DJtagosakuのすべて

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もっとTagosakuのことを知りたい方は以下を読み進めて欲しい。

JDJtagosaku

Genre - HipHop, R&B, 80’sDisco, J-Pops, FunkyHouse, BreakBeat, BreakFunk

 

小学校でDanceDanceRevolutionやBeatManiaにはまりクラブミュージックを聴き始め

その後DJ Hi-cのプレイを見たことによりDJをはじめる。

HipHopやR&BのDJであったが、様々なDJを経験する中でプレイの方向性を変え、現在はFunkotDJとして活動。

近年では楽曲のFunkotRemixも行っている。

 

海沿い育ちなため小型船舶免許1級を持っており、妙に魚に詳しい一面を持っている。

趣味は釣り、レトロな食品系自販機めぐり、2ストロークバイクの運転(現在盗難にあい乗っていない)。

なぜかイケメン。

 

・年譜 エピソード

・1988年 - 4月30日 中学美術教師である父と保健室の先生であった母の間に生まれる。

 

・1989年 - 原因不明の高熱と体中に紫色の発疹ができる。なんとか熱が下がり、発疹も消え始めた頃、担当の医師より「山は越えました」と両親が報告をうける。

 

・1997年 - 小学校でミニ四駆ブームが起こり、体育館横の溝を使って放課後、毎日のようにレースが行われる。ハマるとオタクっぽくなる性格から、どんどんマシンは早くなり学校で1位2位を争うミニ四駆ヲタへと変貌。友達より「ミニ四駆博士」の称号を得る。

 

・1998年 - 父親と沖合に釣りに出かけ、75センチのマダイを釣り上げる。小学校で話題となる。

 

・1999年 - この年の大晦日、1999年〜2000年になる瞬間にそばを食いながら年を越す文字通り「年越しそば」を行うも失敗。何でもっと早く湯が沸かせないんだ!と母を叱責する。

・1999年6月 - バスフィッシングと出会う。すぐさま道具を揃えるも、その後1年間の間全くバスが釣れない日々を過ごす。それでも週末は野池に通っていた。

 

・2000年8月 - スライダーワームのジグヘッドリグで人生初のブラックバスを釣り上げる。この頃よりメキメキと腕が上達し始め更に釣りキチへと変貌する。

 

・2001年4月 - バス釣りに出かけた某体育館の近くの池でカーセックスを目撃。

 

・2002年 - 中学生になり行動範囲が一気に広がったため、舞鶴中の野池でバスを釣りまくるようになる。1日の自転車での移動距離が10キロを軽く超え始める。

・2002年9月 - 地元のボーリング場でDanceDanceRevolutionをプレイしていると、知らない女性から「100円あげるからもう一回やって」と言われる。

 

・2003年 - 当時から相当のバカっぷりを発揮しており、家から近い地元高校の普通科への進学が困難であることが発覚。

 

・2004年 - バス釣り大好きMegabassオタクであったこともあり、電車で40分ほどかかる京都府立海洋高等学校へと進学。ヤンキー率80%以上と相当荒れに荒れている低学歴高校であった。

 

・2005年6月 - 隣のクラスが学級閉鎖の危機に陥る。原因は風邪やインフルエンザではなく「みんなタバコで停学になった」から。

 

・2006年 − 小学校からの悪友に誘われ親の目を盗み、地元に唯一存在したクラブ「Freaks」のHipHopやReggaeのイベントへ遊びに行くようになる。

 

・2007年2月 - クラブ「Freaks」にてHi-Cのプレイを見て衝撃を受け、大学入学後ターンテーブルとミキサーを購入する。

・2007年4月 - 京都精華大学入学。好きな子がフォークソング部に入ると言うので、自身もフォークソング部へ入る。この時、4回生の先輩より「たごさく」の名を授かる。

・2007年6月 - 滋賀のハードオフ大津店にて、ジェミナイのターンテーブルとベスタクスのミキサーPMC-05pro2を購入。2ヶ月で振られた彼女の事を忘れるかの如く、深夜まで部室に残ってスクラッチの練習に励む。

 

・2008年6月 ー Hi-Cを見た「Freaks」にて、クラブでの初DJプレイ。この当時はまだ全てアナログでのプレイであった。

 

・2009年 − クラブFreaksにてHipHop&Reggaeイベント「毎踊(まいど!)」にレギュラー出演決まるも同年イベント終了、クラブも閉鎖へ。

・2009年3月 − この時から約1年半ほど三条木屋町にあるRai’s House 1/6 で毎週火曜日DJを行う。突然やって来る外人や、無茶なリクエストなどによってDJの腕や選曲術は向上するも、大学の単位は絶望的な状態となる。

 

・2010年4月 - Serato ScratchLiveでのDJに切り替える。

・2010年6月 - 音ゲーイベントS.B.M出演。朽木 唯らと出会い音ゲーアレンジCD「Tora×Kota」を借りFunkotにも出会う。

・2010年10月 - cafe La siesta9周年イベント viva la siesta!!! 2010 にてDJ Jet Baronのプレイを見てかつてない衝撃を受ける。

 

・2011年2月 - ニコニコ動画にアップロードした「シャッシャッシャでスクラッチ」を見たTenorikami氏に誘われルーピーリレー出演。

・2011年3月 - 5364氏主催「鹿のコア」出演。BUBBLE-B氏の前でEnjo-Gのぽぽぽぽ~んとEnjo-Gのシャッシャッシャをスクラッチ、2枚使いする。

・2011年5月 - Loopy Relayメンバーとなる。

 

・2012年1月 - Loopy Relay 1st Anniversary Partyで関東での初プレイ。DJ Hangerと共演。

・2012年5月 - Tagosaku Hayabusa Richiteの3人でDugem Di Barat DJteamを結成。

・2012年8月 - Loopy Relayクルーとしてベスタクス公式DJになる。

・2012年10月 − M3 ベスタクス企業ブースにてVCI−100MKⅡのデモンストレーションを行う。

・2012年11月 - 日本のFunkotの聖地アシッドパンダカフェでのイベントDUGEM RISING、翌日にはLoopyRelay 2nd Anniversary Party!!!に出演。東京遠征を無事全力でやり遂げる。

 

・2013年3月 - Dugem di Osaka×Dugem di barat 1周年 にて1時間の出番中にテキーラが2本空になり、伝説のパーティーとなる。

・2013年6月 -  DUGEM DI BARAT 5にてNRC™所属DJ YAMA aka Fmasterと共演。 AKGのヘッドホンをプレゼントされる。

・2013年6月 - たごさく の かみ Ver1 の販売を開始。

・2013年7月 - 27インチのiMac購入。

・2013年11月 - Mega Dugem出演。 来場者200人超、シャンパン20本以上消費。伝説を打ちたて、大成功で終了

・2014年1月 - Mega Dugemブログにて1万字のインタビューをうける。Vol1 Vol2

・2014年4月 - Mega Dugem Vol2 にてRichiter Nedとともにラウンジフロアを盛り上げる。

・2014年5月 - M3でのデモンストレーションを最後にLoopy Relay解散。

・2014年12月 - DOMMUNE 出演。

・2014年12月 - Mega Dugem V3 及び アフターパーティー出演。

 

・2015年3月 - 日本でFunkotを広めた高野政所氏 大麻所持で逮捕。
・2015年7月 - 2ヶ月の休みを所得。レトロ自販機をめぐる旅に出る。

・2015年8月 - 西日本(九州以外の)レトロ食品自販機を全て回り切る。